東京高等裁判所 昭和48年(う)169号 判決
被告人 加茂聖詞
〔抄 録〕
しかしながら、憲法二一条の保障する表現の自由といえども絶対無制限のものではなく、公共の福祉による制約を免れないことは最高裁判所累次の判例(同裁判所昭和二八年(あ)第一七一三号昭和三二年三月一三日大法廷判決・刑集一一巻三号九九七頁、同裁判所昭和三九年(あ)第三〇五号昭和四四年一〇月一五日大法廷判決・刑集二三巻一〇号一二三九頁等参照)の示すとおりであり、また憲法一三条の保障する私生活上の自由ないし幸福追求の権利も公共の福祉による制限を免れないものであることは同条の明文の示すところである。刑法一七五条所定のわいせつ物等は、これらを見聞する者の好色心をそそることによって、その正常な性的羞恥心を害し、よって、社会の健全な道徳的秩序を退廃に陥し入れるおそれのあるものであるから、かかるわいせつ物等から健全な性生活に関する秩序ないし風俗を守るため、その販売等の行為を処罰することは国民生活全体の利益に合致するものであり、刑法一七五条はかかる公共の福祉の見地から設けられた制約にほかならないから憲法一三条、二一条に違反するものではない。また、右のようなわいせつ物等の特性にかんがみれば、健全な性生活に関する秩序ないし風俗を維持するため、これらを販売することじたいが公共の福祉の見地から処罰に値するものというべく、所論のように相手方において見聞しない自由を有するとか、相手方が見聞するにつき同意しているからといって、これらわいせつ物の販売行為をなしうる自由があると解することはできない。刑法一七五条がわいせつ物の頒布、販売等の行為を相手方の関与の態様ないし結果のいかんに拘わりなく、それじたいを独立に処罰しているのも右の趣旨に出たものであるから、原判決が所論のごとき事情を考慮せずに本件につき刑法一七五条を適用したからといって憲法適用上の違憲は存しない。
(田原 吉沢 小泉)